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書くこと、決めること、変わること

今日はモヤモヤと思索にふけってみようと思う。
(・・・早よ書けよたまってる原稿。)

「言葉」にしてしまうと、外に出してしまうと、
その通りになってしまうこと、っていうものがある。

いや、言霊とか引き寄せとか、
そういうスピリチュアルな話ではなく。

つまり、自分の中で“ソレ”はモニョモニョと渦巻いてはいて、
その正体がなんなのかは正確には分からなくて、
無理矢理に“ソレ”を「言葉」として絞り出してしまうと、
「その通り」になってしまう、そんなこと。

そういうものってたいてい、
言ってみたものの、
なぁ~んか、思ってたこととは微妙にニュアンスが違うような、
ウーム・・・・・・
という半端な気持ちがつきまとい、
言葉が宙に舞うような・・・、
そんな感覚のまま、
出来事だけがスルスルと過ぎ去るのだ。

普通はそんなことまでいちいち考えないのかもしれないけど。

少なくとも私は、「言葉」を大事にしすぎてるゆえにか、
「自分の内部にある気持ち」と「外に出した言葉」が
ちょっとでも乖離していると、
変な違和感を抱いてスッキリしない気持ちになる。

また、他の人の言葉を聞くときも同じで、
誰かが何かを言った、けれども、
その言葉にどこか嘘があったり正確じゃない感じがすると、
結構すぐ分かってしまう。
だからって、「なんかソレ、違うよね?」とかは言わないけど。
だって、そういうときって、
ケース1●嘘をついている
ケース2●本人も自分の本心をはっきり分かっていない
のどちらかだから。
ケース1の場合は、
まぁ意図的に嘘ついてる人を問い詰めても、
本当のことを言うわけないし、
ケース2の場合は、
本人が自分の本心を明確に分かっていない以上、
聞いても仕方のないことだし。
なるたけ人を疑いたくなんかないし。


まあそういう感じで、
人は誰しも、往々にして、
“何だかよく分からないまま、言葉にして、行動に移す”
ということをしがちで、
時が経てば、そのとき感じた小さな違和感なんて
なかったことになる、忘れるのが常なのだが。

まだまだ経験の少ない私の人生のなかでも、
「小さな違和感」は、良くも悪くも、結果的には「大きな変化」として
先々に現れるものだよなぁ、というのは
しばしば感じている。


そんなときに思い出すのが、
大学の頃にある事で思い悩んでいた私に、
友人Tが言ってくれたこの言葉。
「色々と思うことや考えることはあるだろうけど、
“こうしよう”と決めた上で行動したことが、
後になって“やっぱり違う!”と少しでも思ったら、
“違ったので、変えます”と
素直に動くことを厭わないでほしいのです」

まだまだプライドの高さにくすぶっていた学生の私には、
結構この言葉がガーン!と来て。

“違和感”を、恰好の良さとか、プライドとか、大人の建前とか、
そういうものでササッと見ないようにするのは簡単。

でも、素直に動くことを厭わない、
こっちのほうがずっと難しいし、
これができた方が、逆にかっこいいんじゃないの、と思うのだ。

だから、今までしてきた行動に対し、
悔いがあるのかないのかを吟味しつつ、
何かやり残したことがある!と少しでも思ったら、
エイヤッと動きたいものだよ。
動くエネルギーを使ってでも、したいことなのであれば。


と、今現在は思う、だけ。
そう、こうして言葉にして書くと、
あたかもそれが私の大正解!みたくなってしまうけど、
あくまでもこれは現時点での思うこと。
考えなんていくらでも変わるし、
変わることに寛大でありたいよ。ね。

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